おおよその日本人が “さくら”と言われて思い浮かべるのはソメイヨシノのことで。
日当たりのいい梢から少しずつ咲いてゆき、全体的にひと月は楽しめる木花には珍しく、
最初の数輪が咲くと あっという間にほとんどの枝でつぼみが開き、
一週間ほど満開となったそのまま一斉に散る、何とも凄艶な花だ。
その潔さから“武人は斯くあらん”などと物の例えに引っ張り出されもするが、
『というのも、ソメイヨシノは人工的に作り出された花で、
苗は同じ樹から分けた枝の挿し木で育てるからな。』
同じ樹の同じ細胞を持ってる、言ってみりゃ“クローン”だから、
一本の木の話じゃあなく 一つ所の木々がほぼ一気同時に咲いてしまうのであって。
一斉に散ってしまう短命で儚い印象がするのも そのせいなのだと、
“そういや中也さんから教わったんだっけ。”
時代劇などで有名な暴れん坊将軍こと、八代将軍 吉宗が
上野や向島といった後世の名所へ桜を植えさせて庶民に憩いを与えたのが
一般市民へ花見が広まった始まりとされているが、
とはいえ、ソメイヨシノが生まれたのはその江戸時代の末期ごろだそうで。
葉が付く前に薄紅の花がたわわに開くのが何とも華やかで、
しかも10年足らずでそれなりの成木となる上に手入れもさして要らないと重宝がられ。
その後の維新の戦乱で焼け野原になった跡地へも大戦後の街並みへもこぞって植えられ、
今や日本中の桜の8割がソメイヨシノという状態なのだとか。
情緒的な風流な話ばかりじゃあなく、そういった知識にも明るい人だというのが、
ますますと虎の子くんには憧れてやまない要素となっているものの、
「んん? どうした?」
そのご当人様がこうまで間近にいるものだから、
胸の内にて色々と転がしていつつも、当然のことながら口には昇らせぬままでいた敦なのであり。
じっと凝視されていたのへ気づいたらしい赤毛の幹部様が振り向いて来たのへ、
ハッとし、うううと口ごもったのも一瞬、
「何でもないですよぉ。」
強いて言えば貴方に見惚れていただけだと言わんばかり、
頬を染めつつも それは嬉しそうに笑ってみせる敦であり。
そんな彼らの頭上で、時折風にあおられてはゆったりと梢ごと揺れさざめく花たちがある。
ほんのりと緋色をおびた淡色の花々が
それはみっちりとまといついた桜が土手に添って続く並木道は、
平日であるにもかかわらず、自分たち同様の花見散歩の人だろう歩きのそれながらも人出は多い。
じっとしておればじりじりと炙られるような結構強いめの陽が差しており、
それを避けようという日傘をさしている人もあるほどで。
花々の隙間から覗く空は、待望の春を染ましたすみれ色。
ほんの先週までは、ちょっと暖かくなっては、だが
油断した人々の軽やかな装いを嘲笑うように厳寒が戻って来たというに、
今週はもはやそんな意地悪は野暮だと言いたいかのように、
各地の桜の開花情報と共に暖かな日和が元気よくも北上中。
そこでと、非番同士がタイミングよく重なったこちらの二人も、
この機を逃してなるものかと、花見をしようとこの並木を目当てに待ち合わせたのであり。
それぞれ、いつどんな急用が飛び込むかもしれない身、
なので…という構えは何ともつや消しながら、
儘が利くよう“花見散歩”という格好になってしまったものの、
近場にはこじゃれたカフェも多い場所だし、
ちょいと気を利かせた昼餉を振る舞われたばかりでもあって、
気分はすっかりと花見に染まり、まったり浮かれている少年だったりし。
「今年は早く咲き始めましたよねぇ。」
中也が羽織るジャケットに合わせ、
同じ色みのキャスケット帽をかぶった敦がふふーと楽しげに笑う。
ハンチング帽の一種で前につばがついている“キャップ”型のそれだが、
童顔の敦にはなかなかにお似合い。
勿論のこと、中也が見立ててくれたもので、
最近気に入りのティーパードパンツに綿のシャツを合わせ、
すっかりと春めいた日和なのでと浅い色合いの内衣という取り合わせ。
そんなおしゃれをした可愛らしい愛し子の笑顔へ、
満更ではないと笑い返す兄人はと言えば、
こちらも非番だ、仕事着の黒スーツ姿では勿論なくて。
かっちりしたティラードジャケットを羽織ってこそいるが、
内着はボタンダウンのシャツというざっかけない格好、
ボトムは黒のスキニー、帽子もグレーの春物と来て、
“こんな格好だったのに、
さっきのお店、よく上げてもらえたなぁ。”
待ち合わせてそうそう、中也が昼餉にしようと少年を誘なったのが
この並木道からさほど遠くはない料亭で。
いかにもという厳然とした風格を押し出してまではなかったが、
丁寧に整えられた前庭や、飛び石が導く白木の格子戸、
那智黒石が敷き詰められた玄関と来て、
品のいい和装の女将が艶をたたえた笑み浮かべ、ようこそと頭を下げるお出迎えに。
まだ十代、しかも日頃はパーカー姿でハンバーガーやコンビニおむすび食べてる
一般市民な少年の背条がピンと強張ったのは言うまでもなく。
ドレスコードがありそうな、格式の高そうな店構えに見えたが、
何の何の、一見さんには敷居が高いというだけで、
よほどに羽目を外さなければ、
普段着で訪のうても小粋な格好だと頬笑まれるよな気さくな店だそうで。
『後で庭を見せてもらおうな。ここは奥にそりゃあ見事な枝垂れ桜もあるんだ。』
生きのいい海鮮の切り身がとりどりに散りばめられたちらし寿司がメインの御膳は、
途中でだし汁を掛けて茶漬け風にも味わえるという逸品で。
そんな昼餉コースを美味しくいただいてから、
柔らかな萌え緑の芝草が顔を出しつつある庭先の東屋で、
やや気が早いが わらび餅と氷菓という初夏向きのデザートを
見事に満開だった枝垂れ桜を観つついただいた。
よく商店街の正月飾りに見受けられる どんどの餠花風の、
枝の節々へぽつぽつと小花がついている感じかなと思っておれば、
そんな想像などとんでもない。
樹自体が大きくて一本桜としても有名な規模のそれで、
房のようになるほどそれは豊かに花をつけ、四方へ下がる柳のような枝々がまた何とも立派。
『わぁあ、これは凄い。』
ゆらゆらとゆったり揺れる花房の動きにいつまでも見とれてしまい、
『そうかぁ。やっぱりネコ科だから釣られちまうか。』
『そういうんじゃありませんよぉ。』
絖絹のようなしっとり瑞々しい緋色の花の集まりは、不思議と視線を吸いつけてやまぬ。
背景となっている菫色の空とのコントラストも鮮やかに、
バランスよく張った枝々が厚みのある見事な花の陣幕を披露していた豪奢な古桜の、
芸術品のような風格美と大好きな人の温かい笑顔と。
そんな贅沢なひと時を満喫し、
今はホカホカ暖かな日和の下で、
桜花の手鞠をたわわに実らせた枝々を頭上の高みへ連綿と続く帯のように連ねた
並木桜をのんびりと堪能中。
ヨコハマの街を駆けまわる日々を過ごしている身ではあるが、まだまだ知らないところは多く。
こんな綺麗な桜の並木も今日初めて知った敦であり、
ホント、何でも知っている中也さんなんだなぁと、胸の内にてじんわりと感じ入っておれば、
「そういや、付き合いだして一年になるんだなぁ。」
「う……、そうですね。/////////」
それはあっけらかんと口にした中也だったのへ、敦としては思わずながら肩をすぼめてやや委縮。
だって何だか、改めて言われると恥ずかしい。
想えば、満開の桜がこれほど綺麗だと直に見て知ったのもまだ数回ほどというほどに
極端なまでに世間知らずだった昨年の春先。
このそれはそれは素敵な男性と知り合う縁が出来て。
自分は物騒な立場の人間だと判っているのだろう、
傍に寄ったってロクなことないぞと振り払われても、
子供の駄々みたいに“傍に居させてほしい”と意地張ってねだったのが始まりで。
いろいろと騒ぎや何やがあった中、それでもこの人はそりゃあ頼もしくってぶれなくて。
綺麗な姿そのままに、潔い真っ直ぐな眼をした強い人。
ときに人を殺める任にも就くし、そういう仕事もまた きっちりしおおせる人で。
誰のせいにもせず、ちゃんと自身で総てを背負い、
罪も業もその許容の中に収め切る、奥の深い大人で。
どうしよう、どうしよう、
もっともっとと どんどん好きになるのが止められない
こんなにも“好き”で胸がいっぱいで、息が詰まりそうなほど。
もう限界だ、こんなに好きになれるもんなんだと
そう思った翌日は、もっともっと好きなところが見つかって。
ぱぁあっと頬が熱くなり、ああもうキリがないようと、
その苦しさに困るほど、毎日のように好きで好きでたまらない。
今だって、木洩れ日が眩しかったか目許をちょっと眇めた顔も、
帽子の腹を押さえた手套付きの頼もしい手も、大人の色香が滲む角度の手首も。
しゃんと張った強かそうな背中、凛々しい肩。
撥ねた髪の先が触れそうで触れてないすべらかな頬も、
ホントはじいと覗き込みたい、空を凝縮したような青い瞳も。
どうした?と小首を傾げつつ向けられる、
綺麗なのに精悍でもある、揺るぎなき自負をひそめた笑顔も。
何でそんなにカッコいいんですよ、もぉ。////////////
はぁ? ななな、何を言い出すかな手前はよ。////////
ボクが原因不明の死に方したら、きっと中也さんへのキュン死にですからね。
鏡花ちゃんに言っとかなきゃあ。
だから何なんだ、その恥ずかしい文言の大売出しは、と。
どちらも相手に負けないほど真っ赤になった二人連れを微笑まし気に見下ろして。
リア充はこれだから困ったもんですねと、
頭上で揺れる桜花の梢が 苦笑交じりに少しほど緋色を増した気がする、卯月の春でした。
〜 Fine 〜 18.03.30.
*短編シリーズの続きじゃあありますが、
知り合うきっかけに触れているのでこちらのお話ということで。
続きも考えちゃあいたのですが、
彼らがどんどんと進展しちゃったので今更かなぁと書き始められないままです。
それにしても、随分と長い“四月莫迦”をやっとります。(笑)
中也さんの言いようではないですが、
早いなぁ、文ストを書き始めてもう1年になるのですね。
エイプリルフール恒例の嘘企画のはずだったのに。
いつもは入り口だけしか作らないものを、
珍しく作品まで書いたのが弾みになっちゃったようで、
今では しっかと嵌まっている始末。
とりあえず、劇場版の円盤を購うまでは浮かれたまんまが続くんだろうなぁvv

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